書評情報 |
雑誌新聞等に掲載された書評を抜粋して紹介しています。 声とかたちのアイヌ・琉球史 『北海道新聞』 07年7月29日 中舘寛隆氏(北海道読書新聞編集長) 本書は、文字として残された以外の資料をもとに、アイヌ社会と琉球社会の歴史を描くことを試みた、刺激的な一冊である。(中略)編者の「『文字が無い』とは遅れた社会を意味するのではなく、『文字がある』ほうが、はるかにひからびた思考しか持ちえない可能性もあるのではないか」という指摘には、共感する読者も多いと思われる。 女と子どもの王朝史 『北海道新聞』 07年6月17日 時代を問わず歴史の記述は成人男子が中心で、女性や子どもの存在は見落とされがちであるが、本書では平安王朝の儀礼に関する論考などを通し、平安期に生きた女性や子どもたちの足跡に光をあてている。 琉球弧・重なりあう歴史認識 『琉球新報』 07年5月27日 福寛美氏(法政大学・専修大学兼任講師) 琉球弧の島々の魅力は語っても語りつくせない。その理由は琉球弧の島々の歴史と民族の多様性に由来する。琉球弧の島々の歴史認識を新たな視点で構築しようと試みるのが本書である。(中略) 人は万物の霊 『国文学』 07年5月号 稲田篤信氏(首都大学東京教授) 著者はこの時期(近世前半期)を世界観が大きく変質する過渡的な局面としてとらえ、文芸が保存した人間的な自覚のことばとディテールの断片を熟視している。(中略)その際、著者は現在から近世に向かって遡行的に到達する人間論的アプローチを一度断念して、むしろ中世の側から近世の側を眺めている趣がある。 琉球弧・重なりあう歴史認識 『沖縄タイムス』 07年4月21日 久貝典子氏(沖縄県立芸術大学付属研究所共同研究員) 本書を薦める主な理由は二つある。その一つは、どれも最新の成果に基づく問題提起がなされていること、もう一つは論者が幅広い研究領域や年代、地域の出身者で構成されており、近年の沖縄研究の一つのあり方を示唆していることである。 琉球弧・重なりあう歴史認識 『南海日日新聞』 07年4月10日 福寛美氏(法政大学・専修大学兼任講師) 琉球弧に対する歴史認識が一つである必要は無い。奄美諸島史から照射される歴史像や、沖永良部の文化人類学的分析を定点においた研究から照射される琉球弧のあり方も議論されてしかるべきである。 『日本詩人』と大正詩 『国文学 解釈と鑑賞』 07年4月号 島村輝氏(女子美術大学教授) 本書は『日本詩人』という雑誌の位相を多面的な角度から検討し、その母体となった「詩話会」とそこに集散した詩人たちのスタンスを考察することによって、「大正」という時代の表現史のなかにそれがどのように位置付けられるかについて探究した、中堅・若手研究者による斬新な試みである。 民俗芸能研究という神話 『楽劇学』 07年3月 福田裕美氏 本書を通ずる主題は「民俗芸能研究じたいを脱−神話化」し、そこから「民俗芸能研究の可能態を構想する」ことに集約されていると解される。このことは、著者が従来の民俗芸能研究に対し、「「民俗芸能」として一括される諸事象にとりついたイデオロギー的偏向の所産にほかならない」と批判的な視線を投げかけながら、「先験的にどこかしら予定調和的な響きを奏でているようにも感じられる」調査/記述の方法論とそこに潜む認識論的前提とにメスを入れ、さらには再構築を図ることを試みようとしていることからうかがわれる。 時代劇伝説 映像表現のオルタナティヴ 『演劇映像』 07年3月 48号 坂尻昌平氏 二〇〇四年より刊行されつつある本叢書の特徴は、啓蒙性を担保しつつも、あくまでも批評家や研究者による新たな日本映画史の読み直しを提示することに存するといえよう。その意味で、この叢書の果たす役割は、現在の日本映画研究の国内における研究、批評の水準を指し示すものであると同時に、旧来の日本映画観を揺さぶるような挑発的なものでもあるはずである。 文化としての暴力 『東京新聞』 07年2月4日 「暴力」の構造を解明 中世王権と即位灌頂 『日本文学』 07年1月号 阿部泰郎氏(名古屋大学教授) (即位法という問題を)正面から主題に据え、それが展開される舞台となる聖教というテクストを歴史叙述として読む試みを、前半で即位法について、後半で空海仮託のテクストについて、二つの方向から考察したものである。(中略)即位法について、著者はそのテクストそのものを読み、その来歴、その意味するもの、その機能を徹底して理解しようとする作業を足がかりに、それが仮想した中世の「天皇」と王権の本質に迫ろうとする。その主題も取り組むべき対象も大きく、すぐれて意欲的な研究である。 映画と身体/性 『読書人』 06年12月1日 石田美紀氏(関西大学非常勤講師・映像文化史) 〈身体と性〉という視点から映画(とりわけ実写映画)にとってきわめて本質的な問題に迫るスリリングな論集である。(中略)九本の論文がそれぞれの対象を〈身体と性〉から細やかに再読し、映画を巡る興味深い問題群を炙り出してゆく。 近代演劇の来歴 『日本近代文学』06年11月75号 林廣親氏(成蹊大学教授・日本近代文学) 著者はこうした近代演劇研究のありように根本から疑義を呈し、公式見解の跛行性を衝きながら、明治歌舞伎のさまざまな動静を日本近代演劇の源流そのものとして縦横に論じている。そして読む喜びを読者にもたらすことに成功している。(中略)日本の近代というものをめぐる手持ちのイメージの盲点を知らされることも少なくないはずで、必要なら時折演劇事典を繙く手間をかけても読み甲斐のある本である。 源氏物語と物語社会 『国文学 解釈と教材の研究』 06年9月号 土方洋一氏(青山学院大学教授) 本書は、テクストの外部と内部(という区別があるとして)との間にある関係の切実さという本質的な問題を提起している。それは、私たちが外部の読者としてテクストを読むことの裡にある切実さに通じる。その問題提起の本質性の故に、今後『源氏物語』の読みの方法と真剣に向き合う際には、この書物が提起している問題を避けて通ることはできないだろう。 近代演劇の来歴 『毎日新聞』 06年7月30日 渡辺保氏(演劇評論家) 九代目の雄弁は「演説」だった 民俗芸能研究という神話 『読書人』 06年7月21日 俵木悟氏 様式化された思考を解体 近代演劇の来歴 『朝日新聞』 06年7月11日 近代歌舞伎 読み解く本2冊 山本健一氏 作家と役者が刻んだ変革 映像表現のオルタナティヴ 『映像学』 06年5月76号 大橋勝氏 1960年代のアヴァンギャルド──アンダーグラウンドと”松竹ヌーヴェル・ヴァーグ”に代表される「新しい」日本映画のスタイルや独立プロ系の作品を議論の中心においているのだが、関連する重要な話題も採り上げており、結果として1910年代の純映画劇運動や大正時代(1920年代)の芸術運動から黒沢清のフランスにおける評価にいたるまで非常に幅広いテーマがメニューとして並んでいる。11名の執筆者それぞれの切り口も個性に富み、本書の多様性がそのまま「オルタナティヴ」を自ら体現しているようでもある。 光と影の世紀 『東京新聞・中日新聞』 06年4月23日 書評 映画への幅広い知識から繰り出される、作品や映画環境をめぐる数々の興味深い逸話、内外の映画の舞台を訪ねて虚実の風景を対照的につづった紀行文などが収録される。肩のこらない文章で、映画を見る楽しみを倍増させてくれる。 光と影の世紀 『熊本日日新聞』 06年4月20日夕刊 ほんのコラム 井上智重氏 死者の影 見せる映画 ジブリの森へ 『アニメーション研究』 7巻 06年3月 藤津亮太氏 本書が「専門家の“余技”としてのアニメ評」ではなく、「アカデミズムの中でアニメを研究する」という姿勢を前面に打ち出していることは非常に心強い。(中略)商業的な制約などに縛られる「マスコミの言葉」だけでは、捉えきれない部分を「アカデミズムの言葉」がフォローし、それが「マスコミの言葉」に反映される。あるいはその逆もありうるだろう。この書籍の先にありうるであろう、その可能性に大いに期待したいと思う。 呪術の知とテクネー 『宗教民俗研究』 第14・15合併号 06年3月 新刊紹介 山本琢氏 本書は(中略)呪術を行使・管理・伝承する「宗教者」の内実に迫り、そうした宗教者たちのコミュニケーション・ネットワークをいかに解明し、「研究」として記述することが可能かという、新たな方法論が提起されている。 琉球王国と倭寇 「法政大学沖縄文化研究所所報」58号 06年3月1日 孫薇氏 「外から見える琉球王国の意外な一面」 多文化と自文化 『英語教育』 06年3月号 那須恒夫氏 異文化理解を従来の欧米の国々を中心として、単に知識としてとらえるのではなく、現在さまざまな領域で日本が直面している諸問題や日本と外国との相違に焦点をあて、異文化理解の観点から、それらの背後にある原因を明らかにし、今後、そのような問題をどのように解決していけばよいか、その糸口を提案している。 寺社縁起の文化学 『寺門興隆』 06年1月号 連鎖する世界 『週刊東洋経済』05年12月3日号 注目の一冊 山下範久氏 世界システム論の遺産を継承するうえで今日真に必要なのは、(中略)世界システム論が拓いた問題場を不断に再構築することである。その意味で、必ずしも世界システム論を専門としない研究者が、これだけ集まって、ウォーラーステインの主張と対決し、応接を図りながら、ひとつの論集を完成させたことの意義は小さからざるものがある。 映像表現のオルタナティヴ 『朝日新聞』 05年8月7日 中条省平氏 (大島渚、松本俊夫、金井勝らを紹介したうえで)本書はそうした映画作家たちの活動を独自の視点から紹介するとともに、60年代映画の多彩な試みに歴史的展望をあたえている。 伊勢物語の江戸 『朝日新聞Be』 05年7月9日 伊勢物語がよく読まれた江戸期、特に「芥川」の段が、どれほど多くの絵に描かれ、俳諧や川柳、狂歌などにパロディー化されたか、豊富な事例で読ませて楽しい。男が女をおぶい、逃げる図像は、群れ咲く杜若の図とともに、伊勢物語からあふれ出したなじみ深いイメージである。 歌舞伎リアルタイム 『歌舞伎 研究と批評』35号 05年6月 今尾哲也氏 瑞々しい感性を以て舞台の現実を受け止めている。一観客としての熱い感動と一批評家としての冷静な眼差しとがバランス良く保たれて、感激の感動を紙上に再現している。 |